青木エミさんは、1960〜70年代にハーフモデルの先駆けとして注目された元モデルです。コーセーやカネボウなど大手化粧品メーカーのCMや雑誌で活躍し、ザ・スパイダースの井上順さんと結婚したことでも知られています。
現在について気になる人が多いのは、芸能界を離れたあと何をしているのか、写真集を出したという話は本当なのか、井上順さんとの関係や再婚相手はどうなっているのかという部分ですよね。さらに「青木英美」と漢字で調べる人もいるため、女優の青木英美さんとの違いも少し混同されやすいところです。
この記事では、青木エミさんの現在の暮らしや仕事、若い頃のモデル時代、結婚・離婚・再婚、子供の有無、写真集「Laugh」が話題になった理由まで詳しく見ていきます。あわせて、青木英美さんとの違いも分かりやすく紹介します。
青木エミの現在とは|写真集や現在の仕事を解説
まずは、青木エミさんの「今」に近い情報から見ていきましょう。
- 青木エミさんの現在分かっている活動
- 写真集「Laugh」を出版した理由
- 現在の仕事や生活
- 再婚相手との関係
- 青木英美さんとの違い
青木エミの現在について分かっていること
結論からいうと、青木エミさんは近年大きく芸能活動へ復帰しているわけではなく、2023年の取材時点では、週1〜2日ほど株式会社パーソンズ会長の秘書をしていると語っています。あわせて、自身の人生を振り返る写真集「Laugh」を自費出版したことでも話題になりました。
青木エミさんは1949年5月24日生まれとされているため、2026年7月現在の年齢は77歳です。2023年の日刊ゲンダイ取材では73歳として登場し、ここ数年で人生が大きく変わったことを語っていました。
現在については、その後に大きなテレビ出演や新たな芸能活動が頻繁に報じられているわけではありません。ただ、写真集の出版や保護犬・保護猫に関わる活動などから見ると、表舞台に出続けるというより、自分のペースで人とのつながりを大切にしている印象です。ここはかなり気になるポイントですよね。
現在の仕事は秘書?バー経営や紅茶ブランドの仕事も経験
青木エミさんは、モデル引退後もかなり幅広い仕事をしてきました。
井上順さんと離婚した後は、ファッションブランド「アルファ キュービック」の役員に迎えられ、食品部門でカフェやケーキをプロデュース。その後、1993年に退職し、洋菓子店「西麻布ラ・ターブル」を運営しました。店は従業員20人弱まで大きくなったものの、2006年に経営が傾き閉店したと報じられています。
その後、会員制バー「ムーン・ダンス」を開きましたが、母親の介護のため62歳で閉店。さらにコロナ禍前までは、英国の高級紅茶ブランド「Newby」のアドバイザーをしていたそうです。2023年時点では、夫と縁のあった株式会社パーソンズ会長の秘書を週1〜2日務めていると語っています。
モデル、ケーキ、バー、紅茶、秘書という流れを見ると、ただの「あの人は今」では収まりきらない人生ですよね。仕事の形を変えながら、人と関わる場所に身を置いてきたことが分かります。
写真集「Laugh」はなぜ話題になった?
青木エミさんは、72歳を迎える頃にFacebookで自分史を書き始めたことをきっかけに、写真集「Laugh」を制作しました。友人から写真集の提案を受け、会いたい人に会いに行き、その人たちと一緒に写真を撮る形で作られたそうです。
写真集には、芸能界の友人やかつての仕事仲間など、総勢171人が一緒に被写体として登場。自費出版で500部を刷り、2023年5月19日に東京・内幸町のプレスセンタービルで記念会を行うと報じられました。
青木エミさんは、写真集を通して「良い人たちに支えられてきた」と再確認したと語っています。若い頃の美しさだけでなく、70代になってから自分の人生をもう一度形にするというのが、かなり印象的なエピソードです。
再婚相手はアルファキュービック創業者の柴田良三氏
青木エミさんは、井上順さんと離婚した後、ファッションブランド「アルファ キュービック」の創業者である柴田良三さんと再婚していたことも明かしています。柴田さんは青木エミさんより6歳年上で、青木さんがアルファ キュービックに関わるようになった縁のある人物です。
2人は、青木エミさんの母親が亡くなった13年ほど前から一緒に暮らし始め、柴田さんが亡くなる3年前に籍を入れたといいます。柴田さんは白血病で亡くなり、青木エミさんは伯母、母、夫の看病・介護が続いた時期もあったと語っていました。
華やかなモデル時代のイメージが強い人ほど、こうした人生の後半の話には驚くかもしれません。表舞台のきらびやかさとは別に、かなり濃い時間を重ねてきた人だと感じます。
青木エミのプロフィールや基本情報
| 項目 | 内容 | 補足 |
|---|---|---|
| 名前 | 青木エミ | モデル時代に広く知られた名前 |
| 現在の名義 | 井上エミ・井上笑子 | 現在名乗る名前として紹介されることがある |
| 生年月日 | 1949年5月24日 | 2026年7月現在77歳 |
| 職業 | 元モデル・実業家・エッセイスト・ケーキ職人 | モデル後も食品・バー・紅茶関連など幅広く活動 |
| 父親 | アイルランド系米国人 | 日刊ゲンダイ取材で紹介 |
| 母親 | 日本人 | 3歳で母親と東京へ移ったと紹介 |
| 元夫 | 井上順さん | 20歳で結婚し、その後離婚 |
| 再婚相手 | 柴田良三さん | アルファ キュービック創業者 |
| 子供 | いない | 本人が「子どもに恵まれず」と語っている |
| 近年の話題 | 写真集「Laugh」 | 2023年に自費出版 |
青木エミさんは、アイルランド系米国人の父と日本人の母の間に生まれ、3歳で母親と東京へ移りました。中学3年生のときに写真家の秋山庄太郎さんにスカウトされ、「週刊文春」の表紙モデルでデビューしたと紹介されています。
プロフィールだけ見ると「元モデル」と一言でまとまりそうですが、実際にはモデル、実業、ケーキ、介護、写真集、保護活動と、人生の場面ごとに大きく姿を変えてきた人物です。こういう背景を知ると、現在への関心が集まるのも分かります。
青木英美の現在と青木エミは別人?
「青木エミ 現在」とあわせて「青木英美 現在」と調べられることがありますが、青木エミさんと女優・モデルの青木英美さんは別人です。
青木英美さんは、日本タレント名鑑で「モデル、女優」と紹介されており、1953年1月31日生まれ、東京出身、身長168cm。デビュー作はドラマ「金メダルへのターン」で、芸歴には「飛び出せ!青春」「金メダルへのターン!」などが掲載されています。
一方、青木エミさんはハーフモデルの先駆けとして知られ、井上順さんとの結婚やケーキ店・バー経営、写真集「Laugh」などで語られる人物です。名前の読みや表記が似ているため混同されやすいのですが、経歴を見るとまったく別の人物だと分かります。
ここは誤解されやすいところです。「青木英美 現在」で探している人は女優の近況、「青木エミ 現在」で探している人は元ハーフモデルの近況を知りたいケースが多いと考えると分かりやすいですね。
青木エミの若い頃や家族関係|井上順との結婚・離婚から現在まで
ここからは、青木エミさんの若い頃や家族関係、井上順さんとの結婚・離婚、子供の有無まで見ていきます。
- 若い頃のモデル時代
- 井上順さんとの結婚と引退
- 離婚後の関係
- 子供の有無
- ケーキ店やバー経営
- 犬猫の保護活動
若い頃はハーフモデルの先駆けだった
青木エミさんは、コーセーやカネボウなど大手化粧品メーカーのCMや雑誌で活躍した、ハーフモデルの先駆け的存在です。日刊ゲンダイでも「ハーフモデルの先駆け」と紹介されています。
若い頃の青木エミさんは、整った顔立ちと存在感で注目されました。ただ本人は、子供の頃から外見を理由にいじめられたり、街でつけ回されたりした経験があり、注目されることが苦手だったとも語っています。華やかに見えるモデル人生の裏に、そうした複雑な思いがあったのは意外ですよね。
中学3年生でスカウトされて表紙モデルデビューし、その後は化粧品メーカーや雑誌で活動。時代を考えると、かなり早い段階で「ハーフモデル」として注目された存在だったことが分かります。
井上順との結婚で20歳のときに引退
青木エミさんは20歳のとき、ザ・スパイダースのメンバーだった井上順さんと結婚し、モデル業を引退しました。ザ・スパイダースは1960年代を代表するグループサウンズの人気バンドで、井上順さんも音楽・俳優・司会など幅広く活躍してきた人物です。
人気モデルと人気ミュージシャンの結婚ということで、当時かなり注目されたはずです。若くして引退したこともあり、青木エミさんには「伝説的なモデル」という雰囲気が残っているのかもしれません。
その後、2人は青木エミさんが33歳のときに離婚。離婚後も井上順さんとは親しくしていた時期があったと紹介されていますが、青木さんが柴田良三さんと交際を始めた頃から連絡は来なくなったと語っています。
子供はいる?本人は「子どもに恵まれず」と語っている
青木エミさんに子供がいるのかも気になるところですが、2023年の取材では本人が「子どもに恵まれず」と語っています。
また、夫を亡くした後の心境についても触れており、写真集を作ったことで人とのつながりを再確認したと話していました。子供や家族の話になると一気にプライベートな印象になりますが、本人の言葉からは、血縁だけではない人間関係に支えられてきた人生が見えてきます。
写真集「Laugh」に総勢171人が参加したという話も、その背景を知るとより深く感じられますよね。
ケーキ店「西麻布ラ・ターブル」や会員制バーを経営
青木エミさんの現在を語るうえで外せないのが、モデル引退後の実業家としての歩みです。
離婚後はアルファ キュービックで食品部門に関わり、カフェやケーキをプロデュース。その後、洋菓子店「西麻布ラ・ターブル」を運営しました。日刊ゲンダイによると、同店は従業員20人弱まで大きくなったものの、2006年に閉店。車などを売って約1000万円の借金を返済したと紹介されています。
その後、同年に会員制バー「ムーン・ダンス」をオープン。モデルとして知られた人が、ケーキ店やバーを切り盛りしていたというのは、かなりドラマチックな話です。
華やかな芸能人の「その後」と聞くと穏やかなセカンドライフを想像しがちですが、青木エミさんの場合は、経営の苦労も含めてかなりリアルな道のりを歩んできたことが分かります。
現在は犬猫の保護活動にも関心
青木エミさんは、最近は犬猫の保護活動にも力を入れていると語っています。物心がついた頃から犬と暮らしてきたものの、最後の愛犬を亡くした後は飼うことをやめ、代わりに殺処分寸前の犬猫と飼い主をつなぐ活動をしたいと話していました。
動物との別れを何度も経験したからこそ、今度は別の形で関わろうとしているのでしょう。モデル時代のクールな印象とはまた違う、優しさや情の深さが見えるエピソードです。
表には出ていなくても、こうした活動に関わっていると知ると、現在の青木エミさんの人物像が少し立体的に見えてきますね。
SNSやインスタはある?
青木エミさんのSNSについては、2023年の取材でFacebookに自分史を書き始めたことが語られています。それが写真集「Laugh」制作のきっかけにもなりました。
一方で、Instagramなどで本人の公式アカウントとして広く確認されている情報は多くありません。現在の近況を知る手がかりとしては、SNSよりも、2023年の日刊ゲンダイ取材や写真集関連の情報が中心です。
若い頃の写真や雑誌表紙は古書・オークション系サイトなどでも見かけますが、現在の本人の姿としては、日刊ゲンダイの記事に掲載された近影が分かりやすい情報になっています。
青木エミの現在に関するまとめ
- 青木エミさんは、1960〜70年代に活躍したハーフモデルの先駆け的存在
- コーセーやカネボウのCM、雑誌モデルとして知られていた
- 20歳でザ・スパイダースの井上順さんと結婚し、モデル業を引退した
- 33歳で井上順さんと離婚した後、食品やケーキの仕事に関わった
- 洋菓子店「西麻布ラ・ターブル」を運営し、会員制バー「ムーン・ダンス」も開いた
- 再婚相手はアルファ キュービック創業者の柴田良三さん
- 柴田良三さんとは死別しており、2023年時点では代々木上原周辺で暮らしていると紹介された
- 2023年時点では、株式会社パーソンズ会長の秘書を週1〜2日務めていた
- 72歳を迎える頃にFacebookで自分史を書き始め、写真集「Laugh」を自費出版した
- 子供については、本人が「子どもに恵まれず」と語っている
- 最近は犬猫の保護活動にも関心を寄せている
- 女優・モデルの青木英美さんとは別人で、名前や表記が似ているため混同されやすい
青木エミさんの現在は、派手な芸能活動というより、自分の人生を振り返りながら、人との縁や動物との関わりを大切にしている時間と言えそうです。若い頃の美しさだけでなく、70代になってから写真集を作る行動力にも、青木エミさんらしい強さが感じられます。