モデルやタレント、MCとして活動している小久保春菜さん。抜群のスタイルだけでなく、福岡ソフトバンクホークスの監督を父に持つことでも注目されています。
気になる父親の正体は、元プロ野球選手の小久保裕紀さんです。ただし、春菜さんは当初から父親の名前を前面に出して活動していたわけではありません。ミスコンに挑戦した際も、父親との関係をほとんど公表していませんでした。
この記事では、小久保春菜さんの父親がどんな人物なのか、なぜ親子関係を明かさなかったのか、一時疎遠になった理由や現在の関係を詳しく紹介します。あわせて、兄や母親を含めた家族、幼少期、学歴、芸能活動についても見ていきましょう。
小久保春菜の父は小久保裕紀|プロフィールや親子関係を解説
まずは、小久保春菜さんの父親について特に気になるポイントから紹介します。
- 父親はソフトバンク監督の小久保裕紀さん
- 現役時代はダイエー・巨人・ソフトバンクで活躍
- 父親の名前を公表していなかった理由
- 父親を「一番のライバル」と語った背景
- 一時疎遠になった親子関係
- 現在の父娘関係
小久保春菜の父はソフトバンク監督の小久保裕紀
結論からいうと、小久保春菜さんの父は、福岡ソフトバンクホークス監督の小久保裕紀さんです。
春菜さんは小久保裕紀さんの長女で、2023年に「ミス・アース・ジャパン」で準グランプリを獲得。その後、モデルやタレントとして本格的に活動を始めました。所属事務所の公式プロフィールにも「小久保裕紀監督の長女」と明記されています。
小久保裕紀さんは現役時代、福岡ダイエーホークス、読売ジャイアンツ、福岡ソフトバンクホークスでプレーした強打者です。引退後は野球日本代表監督やソフトバンクのコーチ、二軍監督を経て、一軍監督を務めています。
野球ファンにはおなじみの大物ですが、春菜さんにとっては、厳しさと優しさを併せ持つ父親でもあります。あまりにも有名な父だけに、春菜さん自身がどのように受け止めてきたのかも気になるところですよね。
父・小久保裕紀のプロフィール
小久保裕紀さんの基本プロフィールは、次のとおりです。
| 項目 | 内容 | 補足 |
|---|---|---|
| 名前 | 小久保裕紀 | こくぼ・ひろき |
| 生年月日 | 1971年10月8日 | ホークス公式プロフィールに記載 |
| 年齢 | 54歳 | 2026年7月時点 |
| 出身地 | 和歌山県 | ホークス公式プロフィールに記載 |
| 身長 | 180cm | 2026年の球団登録 |
| 体重 | 82kg | 2026年の球団登録 |
| 投打 | 右投げ・右打ち | 現役時代は内野手 |
| 出身高校 | 星林高校 | 和歌山県の高校 |
| 出身大学 | 青山学院大学 | 東都大学野球で活躍 |
| プロ入り | 1993年ドラフト2位 | ダイエーホークスに入団 |
| 現在 | ソフトバンク監督 | 背番号90 |
球団公式プロフィールによると、小久保裕紀さんは星林高校、青山学院大学を経て、1994年に福岡ダイエーホークスへ入団しました。その後、巨人への移籍を経験し、2007年にソフトバンクへ復帰しています。
現役時代には本塁打王や打点王を獲得し、ベストナイン、ゴールデングラブ賞にも複数回選ばれました。勝負強い右の強打者として、長年チームを引っ張ってきた存在です。
引退後は2013年から2017年まで野球日本代表の監督を務め、2021年からソフトバンクの指導者として復帰。二軍監督を経て、2024年から一軍を率いています。
春菜さんが「父より努力する人を見たことがない」と話すのも、この経歴を見ると納得できますね。
小久保春菜が父親を公表していなかった理由
小久保春菜さんは、「父親の力とは関係なく、自分自身を評価してほしかった」ため、小久保裕紀さんの娘であることを積極的に公表していませんでした。
2023年のミス・アース東京大会に出場した際も、大会運営側は父親が小久保裕紀さんだと知らなかったそうです。日本大会へ進む段階になって、運営スタッフが親子関係に気づいたと春菜さん自身が明かしています。
父親の名前を伏せた理由について、春菜さんは「父と関係なく評価されたかった」と説明しています。以前から父親と比べられることがあり、悔しい思いをしてきたとも語りました。
有名人の子供として注目されれば、本人の努力より先に「小久保裕紀の娘」という肩書が見られてしまいます。春菜さんは、その肩書に頼らず、自分の実力で結果を出したかったのでしょう。
実際に、ミス・アース・ジャパンで準グランプリを獲得してから父親との関係を公表しています。先に自分自身の結果を残してから明かしたところに、負けず嫌いな性格が表れていますね。
ミス・アース出場は父にも直前まで伝えていなかった
春菜さんは、ミス・アース・ジャパンの日本大会へ出場することを、父親にも早い段階では伝えていませんでした。
大会運営側に父親の存在を知られたこともあり、日本大会の前日に小久保裕紀さんへ出場を報告。大会後に準グランプリという結果を伝えると、父からは、惜しかったけれどよく頑張ったという趣旨の言葉をかけられたそうです。
小久保裕紀さんは、娘が負けず嫌いであることを分かっていたため、準グランプリを喜ぶだけでなく、優勝できなかった悔しさにも寄り添ってくれたようです。
春菜さんが父親の名前に頼らなかった一方で、父も余計に口を出さず、娘の挑戦を見守っていたことが伝わります。
小久保春菜は父を「一番のライバル」と語っている
春菜さんは、小久保裕紀さんを尊敬する一方で、**「自分の中で一番のライバル」**とも表現しています。
その背景には、何事にも徹底的に取り組む父親の姿があります。春菜さんによると、小久保裕紀さんは野球の練習だけでなく、現役時代から読書や英会話、習字にも取り組み、人間的に成長し続けようとしていたそうです。
春菜さんは、父親について「努力を積み重ねて、それを才能に変えていくタイプ」と語っています。幼い頃からその背中を見て、努力を続けることの大切さを学びました。
単に有名な父親を尊敬しているだけではなく、「いつか自分も父に負けない存在になりたい」という気持ちがあるのでしょう。
父をライバルと言い切るところには、春菜さんの負けず嫌いな一面も感じられます。親子でありながら、一人の表現者として父を追いかけているような関係です。
家庭では無口でクールな父親だった
小久保裕紀さんは、球場ではチームを率いるリーダーですが、家庭では冷静で口数の少ない父親だったそうです。
春菜さんは父親の好きな部分について、「不器用なところ」と答えています。一生懸命になると周囲が見えなくなることもある一方、不器用ながら子供たちに愛情を注いでくれたと振り返りました。
ただ、声が低いため怒っているように聞こえることや、娘へのLINEが敬語で送られてくることには不満もあるそうです。親子なのに敬語で連絡が来ると、少し距離を感じてしまうという春菜さんの感覚も分かりますよね。
一方、春菜さんが芸能界へ進むことについては応援しています。大学時代に一人暮らしを始めた際には、遊ぶためのお金は自分で稼ぎ、自立して生きていけるように頑張るよう励ましたといいます。
厳しい言葉をかけるのも、娘に自分の力で人生を切り開いてほしいという思いがあったのでしょう。
父とは約2年間疎遠になった時期があった
小久保春菜さんと父親の間には、約2年間ほとんど連絡を取らなかった時期がありました。
きっかけは、春菜さんが引っ越し費用を父親に頼んだことです。当時、春菜さんは自分の貯金を減らさずに引っ越し費用を出してもらおうと考えましたが、小久保裕紀さんから厳しく叱られました。
父親の言葉を重く受け止めた春菜さんは、その後約2年間、連絡できなくなったそうです。親子であっても、お金や自立をめぐる考え方がぶつかることはありますが、2年間という期間はかなり長く感じますよね。
ただし、父親と完全に関係が切れたわけではありません。ミス・アース・ジャパンへの挑戦をきっかけに再び連絡を取り、親子で会うようになりました。
この出来事を通じて、春菜さんも父親が伝えたかった「自分の力で生きること」の意味を実感したのかもしれません。
再会後に父親への見方が変化
小久保裕紀さんと再び交流するようになった春菜さんは、父親に対する印象が少し変わったといいます。
疎遠になっていた間に、小久保裕紀さんはソフトバンクの二軍監督から一軍監督へ立場が変わっていました。春菜さんは、若い選手に笑顔で接し、喜怒哀楽を表に出す父親の姿を見て、家庭で知っていた厳しくクールな父との違いに驚いたそうです。
再会後、父親から「春菜は将来をしっかり考えられる人」と評価されたことで、自分は信頼されていると感じたとも話しています。
一度距離ができたからこそ、お互いを親子以外の一人の人間として見られるようになったのでしょう。父娘の関係が以前より深まったことが伝わるエピソードです。
父の言葉が春菜の目標になった
春菜さんが父親から強い影響を受けた言葉があります。
小久保裕紀さんは、自分の人生の目標について「人に影響を与え続けること」という趣旨の話をしたそうです。その言葉に共感した春菜さんも、誰かが夢を見つけたり、人生を豊かにしたりするきっかけを与えられる人物になりたいと語っています。
小久保裕紀さんは野球を通じて多くの人へ影響を与えてきました。春菜さんはモデルやタレント、MCという違う分野で、父親と同じような存在を目指しています。
職業は違っても、人の心を動かしたいという根本の部分は親子でよく似ていますね。
小久保春菜の家族構成や経歴|兄・母親や現在の活動も解説
ここからは、小久保春菜さん自身のプロフィールや家族、父親の影響を受けた経歴について紹介します。
- 小久保春菜さんのプロフィール
- 母親について公表されていること
- 2歳上の兄・小久保直紀さん
- 幼少期に野球へ興味を持たなかった理由
- バドミントンや陸上に打ち込んだ学生時代
- ミスコンから芸能界へ進んだ経緯
- 父親との共演や優勝インタビューという夢
小久保春菜のプロフィール
小久保春菜さんの基本プロフィールは、次のとおりです。
| 項目 | 内容 | 補足 |
|---|---|---|
| 名前 | 小久保春菜 | こくぼ・はるな |
| 生年月日 | 1999年3月29日 | 所属事務所プロフィールに記載 |
| 年齢 | 27歳 | 2026年7月時点 |
| 出身地 | 福岡県 | 福岡市出身と報道 |
| 身長 | 170~171cm | 事務所は170cm、本人SNSは171cm |
| 血液型 | B型 | 所属事務所プロフィールに記載 |
| 職業 | モデル・タレント・MC | テレビやイベントで活動 |
| 特技 | 日本舞踊・バドミントン | 日本舞踊は4歳から経験 |
| 趣味 | ジム・カラオケ・ドライブ | 所属事務所プロフィールに記載 |
| 主な受賞歴 | ミス・アース・ジャパン準グランプリ | 2023年に受賞 |
| 父 | 小久保裕紀 | ソフトバンク監督 |
所属事務所のプロフィールでは身長170cmとされていますが、本人のInstagramでは171cmと紹介されています。いずれにしても長身で、モデルらしいスタイルが注目されることが多い人物です。
2026年6月に公開された全身写真でも、スタイルの良さに反響が集まりました。モデル、タレント、MCとして活動の幅を広げています。
母親の名前や職業は公表されている?
小久保春菜さんの母親については、本人や所属事務所から詳しいプロフィールは公表されていません。
春菜さんはインタビューで、高校時代まで福岡で育ったことや、両親のもとで生活していた時期について語っています。一方、母親の名前や職業、顔写真などは、本人の公式プロフィールには掲載されていません。
ネット上には母親の名前や両親の関係についてさまざまな情報がありますが、春菜さん本人が詳しく説明した内容は限られています。
春菜さんの家族について公の場で語られる際は、プロ野球界で知られる父親と、芸能や音楽に関わる兄の話題が中心です。
兄は2歳年上の小久保直紀
小久保春菜さんには、2歳上の兄・小久保直紀さんがいます。
春菜さんは、子供の頃に兄が野球をしていたことを明かしています。父親が有名なプロ野球選手だったため、兄が周囲から父と比べられ、苦労している姿を見ていたそうです。
小久保直紀さんは、シンガー・ソングライターとして活動した経験があり、現在はアスリートやタレントのマネジメント会社の代表も務めています。2017年にはソフトバンク戦で国歌斉唱を担当しました。
兄も父親と同じ野球の道へ進むのではなく、音楽やビジネスの分野へ進みました。兄妹ともに父の知名度に頼らず、自分の得意な分野で活動している点が印象的です。
小久保春菜は子供の頃に野球へ興味がなかった
プロ野球選手の娘と聞くと、幼い頃から野球に詳しかったように思えますが、春菜さんは長い間、野球へあまり興味を持っていませんでした。
兄が父親と比較されて大変な思いをしていたため、自分は野球から距離を置いていたと話しています。春菜さん自身は野球経験がなく、グラウンドで野球のボールを投げたのも、2024年の少年野球教室での始球式が初めてでした。
父親が現役時代にどれほど活躍していたのかも、当時はよく分かっていなかったそうです。芸能活動を始めてから周囲に父親の話を聞き、その偉大さを改めて知ったと語っています。
有名選手の娘でありながら、父の現役時代を詳しく知らなかったというのは、少し意外なエピソードですよね。
野球が好きになったきっかけは大谷翔平
春菜さんが野球に興味を持つようになったのは、父親が野球日本代表「侍ジャパン」の監督を務めていた時期です。
2016年に日本代表の強化試合を観戦し、大谷翔平選手の打球が東京ドームの天井部分へ入る場面を見たことがきっかけでした。大谷選手を格好いいと感じ、そこから野球が好きになったと話しています。
父ではなく大谷翔平選手が入口だったというところも面白いですよね。
その後は、父が率いるソフトバンクの試合にも関心を持つようになりました。2025年にはプロ野球中継へゲスト解説として出演し、父から贈られたユニフォームを着て放送に臨んでいます。
学生時代はバドミントンや陸上七種競技に挑戦
春菜さんは野球ではなく、バドミントンと陸上競技に取り組んでいました。
小学校高学年から中学校までバドミントンを続け、高校では陸上七種競技に挑戦しています。七種競技は、短距離走や跳躍、投てきなど複数の種目を2日間で行う競技です。
また、4歳から日本舞踊を習い、小中学生の頃には国立劇場の舞台へ3回立った経験もあります。スポーツだけでなく、幼い頃から人前で表現する経験を積んでいました。
始球式では、野球経験がほとんどないにもかかわらず、ノーバウンドでストライクを投球しています。父親譲りの運動能力が感じられる場面でした。
大学では観光マネジメントを学んだ
高校卒業後、春菜さんは福岡を離れ、観光マネジメントを学べる大学へ進学しました。
ディズニーが好きだったことが、観光分野を選んだ理由の一つだったそうです。ただ、大学4年時に新型コロナウイルスの感染拡大と重なり、就職活動では苦戦しました。
大学卒業後は自動車メーカーでPR関係の仕事に携わり、イベントでのプレゼンやナレーション、新車発表などを担当しています。その後は不動産会社で社長秘書として働いた経験もあります。
人前で話すことや声を使った仕事の楽しさを知ったことが、後のタレント、MC活動へつながりました。
ミスコンで父親とは別の道を切り開いた
春菜さんは2020年のミスジャパン神奈川大会で3位に入賞し、2023年にはミス・アース東京大会でグランプリを獲得しました。
同年8月のミス・アース・ジャパン日本大会では、準グランプリにあたる第2位を獲得しています。
ミス・アースは、外見だけでなく、環境問題への関心や社会への発信力なども評価される国際的なミスコンテストです。春菜さんは父親の名前をほとんど明かさない状態で大会へ挑み、自分自身の力で結果を残しました。
「小久保裕紀の娘」としてではなく、「小久保春菜」として認められたかったという思いが、準グランプリという結果につながったのでしょう。
父親へ優勝インタビューをすることが夢
小久保春菜さんは、将来の目標としてスポーツに関わる仕事を挙げています。
芸能活動を始めた当初は、スポーツキャスターとして、父親へ優勝インタビューをすることが夢だと話していました。また、ソフトバンクの本拠地で父親に捕手を務めてもらい、始球式をしたいという希望も明かしています。
2024年にソフトバンクがリーグ優勝した際には、父親の体を気遣いながら祝福。日本シリーズ終了後にも、父の努力を見てきたからこそ、翌年の優勝を願っているとコメントしました。
さらに2025年、ソフトバンクがリーグ2連覇を達成した際には、芸能界で仕事を始めてから父親の偉大さが分かるようになったと語っています。
一度は疎遠になったものの、現在は互いの仕事を認め合う関係になっていることが伝わります。
現在はモデル・タレント・MCとして活動
小久保春菜さんは現在、モデル、タレント、MCとして活動しています。
2024年にタレント活動を本格化させた後、『踊る!さんま御殿!!』や『ジャンクSPORTS』などのバラエティー番組に出演。プロ野球中継のゲスト解説やイベント司会、ナレーションなど、声を使う仕事にも取り組んでいます。
本人のInstagramでも、モデル・タレント・MCとして活動していることを紹介しています。2026年には全身コーディネートを披露した投稿が話題となり、身長を生かしたスタイルにも注目が集まりました。
当初は父親との比較を避けていた春菜さんですが、現在はその関係も自分の個性の一つとして受け止めている様子です。
父親の実績に乗るのではなく、自分の経験や言葉を武器に活動しているところが、春菜さんの魅力につながっています。
小久保春菜の父に関するまとめ
- 小久保春菜さんの父は、福岡ソフトバンクホークス監督の小久保裕紀さん
- 小久保裕紀さんはダイエー、巨人、ソフトバンクで活躍した元プロ野球選手
- 引退後は野球日本代表監督やソフトバンク二軍監督などを務めた
- 春菜さんは、父親とは関係なく自分自身を評価してほしいと考えていた
- ミス・アース東京大会では、運営側にも父親の存在を明かしていなかった
- 2023年のミス・アース・ジャパンで準グランプリを獲得してから親子関係を公表した
- 春菜さんは父親を尊敬すると同時に「一番のライバル」と表現している
- 引っ越し費用をめぐって叱られ、約2年間疎遠になった時期があった
- ミスコンへの挑戦をきっかけに父娘の交流が再開した
- 2歳上の兄・小久保直紀さんは、音楽活動や会社経営に携わっている
- 春菜さんは現在、モデル、タレント、MCとしてテレビや野球中継などで活動している
- 将来は父親に優勝インタビューをすることを目標に掲げている
小久保春菜さんにとって父・小久保裕紀さんは、偉大な野球人であると同時に、追い越したいライバルでもあります。父親の名前に頼らず結果を残した春菜さんが、いつか球場で父へ優勝インタビューをする姿にも期待が高まります。