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映美くららの実家は熊本県|建て替えた家や母親・祖母との関係を解説

2026年7月30日

元宝塚歌劇団月組トップ娘役で、退団後は俳優として多くのドラマや映画に出演している映美くららさん。

宝塚時代から変わらない華やかさに加え、近年は母親役や落ち着いた大人の女性役でも存在感を見せています。そんな映美くららさんについて、気になるのが「どのような実家で育ったのか」「熊本県のどこに実家があるのか」という点です。

映美くららさんは、実家を建て替えたことや、母親と祖母から着物を受け継いだことをインタビューで明かしています。この記事では、実家の場所や建て替え時期、お金持ち説、母親・父親・祖母との関係を詳しく紹介します。あわせて、幼少期や学歴、宝塚時代、夫との結婚、2人の子供、現在の活動まで見ていきましょう。

映美くららの実家は熊本県|建て替えや家族との思い出を解説

まずは、映美くららさんの実家について、特に気になるポイントから見ていきます。

  • 実家は熊本県のどこにあるのか
  • 実家を建て替えた時期
  • 実家がお金持ちといわれる理由
  • 母親・父親・祖母はどんな人なのか
  • 実家で行われていた正月の習慣
  • 幼少期の性格や習い事
  • 母親に宝塚入団を宣言したエピソード

映美くららの実家は熊本県にある

結論からいうと、映美くららさんの実家は熊本県にあると見てよさそうです

所属事務所の公式プロフィールには、映美くららさんの出身地が熊本県と記載されています。1979年6月15日生まれで、1999年に宝塚歌劇団へ入団。2001年には入団3年目という早さで月組トップ娘役に抜てきされ、2004年10月に退団しました。

本人もインタビューで「実家を建て替えた」と語っており、郷里の知人や母親、祖母との思い出を紹介しています。

映美くららさんは熊本県で育ち、中学校の修学旅行で初めて宝塚歌劇を観劇しました。その後、宝塚音楽学校へ進むために地元を離れたことから、熊本の実家は人生の出発点となった場所といえるでしょう。

現在も熊本への思いは強く、出演作品やインタビューでも熊本県出身として紹介されています。

実家は熊本県のどこ?菊陽町説は確認できる?

映美くららさんの出身地について、インターネット上では「熊本県菊池郡菊陽町」と紹介されることがあります。

しかし、所属事務所の公式プロフィールに記載されているのは「熊本県」までです。本人のインタビューでも「郷里」や「実家」という表現は使われていますが、市町村名や詳しい住所までは明らかにされていません。

現在確認できる情報をまとめると、次のようになります。

項目確認できる内容
出身地熊本県
実家のある地域熊本県内とみられる
菊陽町出身説ネット上で見られる情報
公式な市町村名公表されていない
実家の住所公表されていない
実家の外観公開されていない

熊本県菊池郡菊陽町出身という情報は広く出回っていますが、公式プロフィールだけでは確認できません。

そのため、「熊本県出身」は確認済みの情報、「菊陽町」は公式には確定していない情報として分けて考えると分かりやすいでしょう。

実家は2018年頃に建て替えられた

映美くららさんの実家は、2018年頃に建て替えられたとみられます

2026年5月に公開されたインタビューで、映美くららさんは「8年前に実家を建て替えることになった」と話しています。建て替えをきっかけに祖母が所有していた着物や和装小物を整理し、そのほとんどを映美くららさんが受け継ぎました。

祖母は昭和初期生まれで、普段から着物をよく着る女性だったそうです。母親も、お宮参りや七五三など、家族にとって大切な節目には着物を着ていました。

実家では、正月を迎えるために家族総出で餅つきやお節作りを行う習慣もありました。大晦日は祖母が先頭に立って準備を取り仕切り、家族全員が遅くまで作業していたといいます。

それでも元日の朝になると、祖母は髪をきれいに結い、格のある着物に着替えて祝いの席へ現れていました。映美くららさんは、その凛とした祖母の姿に憧れていたそうです。

実家を建て替えたことは、単に建物を新しくするだけでなく、家族の品や思い出を受け継ぐ大きな節目になったのでしょう。

建て替え前の実家はどんな家だった?

建て替え前の実家について、築年数や間取り、外観などは公表されていません。

建て替えた理由も明らかになっていないため、老朽化によるものなのか、家族の生活環境が変わったためなのかは分かりません。

ただし、祖母の着物を整理したという話からは、長年にわたって家族が暮らしてきた家だったことがうかがえます。着物や帯、帯揚げ、帯締めなどが数多く残されていたことから、家族の歴史が詰まった実家だったのでしょう。

建て替え後の家についても、外観や部屋の様子は公開されていません。

豪華な新居として紹介されたわけではなく、本人が語っているのは、あくまで祖母の着物を受け継いだという家族のエピソードです。

映美くららの実家はお金持ち?

映美くららさんの実家について、「お金持ちなのではないか」と気になる人も少なくありません。

そういわれる背景には、次のような経歴が関係していると考えられます。

  • 子供の頃からバレエを習っていた
  • 日本舞踊にも親しんでいる
  • 私立の女子校に通っていたとされる
  • 宝塚音楽学校へ進学している
  • 実家を建て替えている
  • 祖母が多くの着物を所有していた

バレエや日本舞踊を長く続け、宝塚音楽学校を目指せる環境があったことから、比較的ゆとりのある家庭だったという印象を持たれやすいのでしょう。

一方で、父親の職業や両親の収入、実家の資産額などは公表されていません。実家の土地の広さや建物の規模についても分かっていないため、「豪邸」「資産家」と断定できる情報はありません。

祖母が所有していた着物についても、高価な品があった可能性はありますが、具体的な金額は紹介されていません。

映美くららさんが芸事に打ち込める家庭環境で育ったことは分かりますが、実家がお金持ちという話は、経歴や上品な雰囲気から生まれたイメージの部分が大きそうです。

母親はどんな人?

映美くららさんの母親は一般の方で、名前や年齢、職業は公表されていません。

ただ、映美くららさんが宝塚を目指すことになった重要な場面には、母親が登場しています。

映美くららさんは中学校の修学旅行で初めて宝塚歌劇を観劇しました。舞台を観ている途中から宝塚へ入りたいと思うようになり、帰りに迎えに来た母親の車の中で「私、宝塚に入るから!」と宣言したそうです。

子供の頃は人見知りでおとなしい性格だったものの、バレエの発表会で踊ったり、スポットライトを浴びたりすることは好きでした。その少女が観劇直後に宝塚入団を宣言したのですから、母親もかなり驚いたはずです。

その後、映美くららさんは宝塚音楽学校へ進み、宝塚歌劇団への入団を果たしました。母親がどのように返事をしたのかは紹介されていませんが、娘の大きな夢を支える存在だったことはうかがえます。

母親は家族のお宮参りや七五三でも着物を着ていました。祖母から母親へ、そして映美くららさんへと受け継がれた着物は、家族のつながりを象徴する品になっています。

父親の職業や名前は公表されている?

映美くららさんの父親については、詳しいプロフィールが明らかになっていません。

名前や年齢、顔写真、職業、勤務先などは公表されておらず、芸能関係者という情報も確認できませんでした。

ネット上では、映美くららさんが幼少期からバレエを習っていたことや、宝塚音楽学校へ進んだことから、父親の職業や家庭の経済状況を推測する情報も見られます。

しかし、父親が会社経営者や医師といった具体的な職業だったことを裏付ける情報はありません。

家族について本人が語るときは、母親や祖母のエピソードが中心です。父親が表に出ることはほとんどなく、一般の方として生活していると考えられます。

兄弟姉妹はいる?家族構成は非公表

映美くららさんの兄弟姉妹についても、公式なプロフィールでは詳しく紹介されていません。

一部では兄がいるという情報も見られますが、本人や所属事務所が現在公表している家族構成では確認できませんでした。

公開情報から確認できる実家の家族は、次のとおりです。

家族公表されていること
父親名前・職業・年齢は非公表
母親宝塚を目指す宣言を最初に聞いた人物
祖母着物が好きで正月準備を取り仕切っていた
兄弟姉妹詳しい情報は非公表

母親や祖母については具体的な思い出が語られていますが、家族全員のプロフィールが公開されているわけではありません。

それでも、正月には家族総出で準備を行っていたことから、家族行事を大切にする家庭で育ったことが伝わってきます。

祖母から受け継いだ着物が現在も大切な存在

映美くららさんにとって、祖母から受け継いだ着物は単なる衣装ではありません。

祖母が自分のために仕立てた着物や、母親のために用意した着物など、家族の思い出が込められた品です。

実家の建て替えを機に整理された着物の多くを受け継ぎ、現在も自分なりの着こなしで楽しんでいます。

宝塚音楽学校へ合格した日には、自分で選んだ赤い着物も作りました。宝塚では、合格した日に制服や黒紋付、緑の袴、色物の着物などを用意する習慣があります。

実家の祖母から受け継いだ着物と、宝塚人生の始まりに自分で選んだ着物。どちらも映美くららさんの人生を振り返るうえで、大切な一着になっているのでしょう。

映美くららの生い立ちと現在|宝塚時代・夫・子供も紹介

ここからは、映美くららさんのプロフィールや宝塚時代、結婚後の家族について見ていきます。

  • 映美くららのプロフィール
  • 出身中学校や高校
  • 宝塚音楽学校を目指したきっかけ
  • 入団3年目でトップ娘役になった経歴
  • 会社経営者の夫との馴れ初め
  • 長男と長女の2人の子供
  • 2026年現在の活動

映美くららのプロフィール

映美くららさんの基本プロフィールは、次のとおりです。

項目内容補足
名前映美くらら元宝塚歌劇団月組トップ娘役
生年月日1979年6月15日2026年7月時点で47歳
出身地熊本県市町村は公式非公表
身長159cm日本タレント名鑑掲載情報
血液型O型日本タレント名鑑掲載情報
職業俳優ドラマ・映画・舞台で活動
特技バレエ・日本舞踊幼少期から舞台に親しむ
趣味読書・洋裁・散歩・お菓子作りなど犬と遊ぶことも趣味
宝塚歌劇団入団1999年85期生
トップ娘役就任2001年月組トップ娘役
宝塚退団2004年10月退団後は俳優として活動

身長159cm、血液型O型で、バレエと日本舞踊を特技としています。趣味は読書や洋裁、散歩、お菓子作りなどです。

映美くららさんは華やかな宝塚出身者ですが、趣味を見ると、家で静かに楽しめるものも多いことが分かります。

洋裁や着物への関心には、母親や祖母の影響もありそうですね。

本名は本山麻衣子?

映美くららさんの本名は、宝塚時代から「本山麻衣子」と紹介されることがあります。

ただし、現在の所属事務所の公式プロフィールには本名が掲載されていません。また、結婚後の名字も明らかになっていないため、本山姓は結婚前の名字と考えられます。

芸名の「映美くらら」は、宝塚らしい華やかさと親しみやすさの両方を感じる名前です。

「くらら」という名前から、元宝塚歌劇団雪組トップ娘役の遥くららさんを連想する人もいますが、2人に血縁関係があるという情報はありません。

出身中学校や高校は?

映美くららさんは、熊本県内の女子校に通っていたと紹介されています。

本人は中学校時代の修学旅行で宝塚歌劇を観劇したことを明かしており、この観劇が人生を大きく変えました。

宝塚歌劇を観るまでは、人見知りでおとなしい少女だったそうです。しかし、バレエの発表会で舞台に立つことは好きで、年に一度スポットライトを浴びる日を楽しみにしていました。

舞台への憧れをすでに持っていたからこそ、宝塚を初めて観た瞬間に「ここに入りたい」と強く感じたのでしょう。

高校卒業後は一般の大学へ進むのではなく、宝塚音楽学校へ進学しました。

宝塚音楽学校への合格は家族にとって大きな出来事

宝塚音楽学校は、宝塚歌劇団の舞台人を養成する学校です。

声楽やダンス、演劇、日本舞踊などを学び、卒業後に宝塚歌劇団へ入団します。競争率が高いことでも知られ、合格するためには歌や踊りだけでなく、立ち居振る舞いや表現力も求められます。

映美くららさんは宝塚音楽学校へ入学した後、日本舞踊など幅広い芸事を学びました。

合格した日には、宝塚で着るための赤い着物を選んでいます。数多く並んだ反物の中から、花の薬玉が描かれた赤い着物に一目ぼれし、すぐに決めたそうです。

実家で祖母や母親の着物を見て育った経験が、自分の着物を選ぶ際にも影響していたのかもしれません。

入団3年目で月組トップ娘役に抜てき

映美くららさんは1999年に宝塚歌劇団へ入団し、星組に配属されました。

入団後は新人公演や宝塚バウホール公演でヒロインを務め、早い段階から娘役として注目されます。

2001年には月組へ組替えとなり、入団3年目でトップ娘役に就任しました。トップスターの紫吹淳さんの相手役を務めています。

就任を聞かされたときは、翌日に発表が迫っていたため、家族へ相談したり、ゆっくり考えたりする時間もほとんどなかったそうです。本人も思わず「私でいいんですか?」と聞いたといいます。

中学校の修学旅行で宝塚を初めて観てから、数年後には月組トップ娘役へ。かなりドラマチックな歩みですよね。

2004年10月に宝塚歌劇団を退団した後は、俳優としてテレビドラマや映画、舞台へ活動の場を広げました。

夫は会社経営者の一般男性

映美くららさんは2015年、会社を経営する一般男性と結婚しました。

夫とは共通の友人を通じて知り合い、約1年半の交際を経て結婚しています。

夫について映美くららさんは、童顔で小動物系の顔立ち、身長177cmと紹介していました。宝塚の熱心なファンだったわけではなく、友人からは2人の顔が似ているといわれることもあったそうです。

プロポーズは、特別なレストランや旅行先ではなく、何気ない日常の中で行われました。夫から突然手紙と指輪を渡され、その手紙を読んだ映美くららさんは号泣するほど感動したと語っています。

夫の名前や顔写真、経営している会社の名前は公表されていません。

会社経営者という肩書きから年収や資産にも関心が集まりやすいですが、会社の規模や事業内容、夫婦の自宅に関する詳しい情報も明らかになっていません。

夫の実家や家柄は明らかになっていない

映美くららさんの夫については、会社経営者であること以外、家族や実家の情報はほとんど公表されていません。

夫の両親の職業や家柄、出身地なども分かっていません。

映美くららさん自身の実家がお金持ちという話と、会社経営者の夫の情報が組み合わさり、「夫婦ともに裕福な家柄なのではないか」と想像されることもあるようです。

しかし、結婚後の自宅や生活水準を詳しく公開しているわけではありません。本人が語っている夫婦のエピソードも、豪華な生活より、日常の中で手紙と指輪を渡されたプロポーズなど、温かい内容が中心です。

子供は何人?長男と長女の2人

映美くららさんには、長男と長女の2人の子供がいます

第1子となる男の子については、2017年3月に出産を報告しました。

長男は3002グラムで誕生し、予定日より少し遅れての出産だったそうです。詳しい出生日や名前、顔写真は公表されていません。

2019年4月には、第2子となる女の子を出産したことを発表しました。

長女の出産後、映美くららさんは母子ともに健康であることを報告。生まれたばかりの娘と肌を寄せて過ごした時間について、感動と安らぎ、幸福を忘れないとつづっています。当時2歳になったばかりだった長男も、お兄ちゃんになりました。

子供出産発表2026年時点の年齢目安
長男2017年3月9歳前後
長女2019年4月7歳前後

出産日そのものは明らかになっていないため、年齢は誕生日を迎えた時期によって前後します。

子供の名前や学校、顔が分かる写真などは公表されていません。

映美くららの実家と子供たちとの関係は?

映美くららさんが子供たちを連れて熊本の実家へ帰省しているのか、祖父母とどのくらい交流しているのかといった詳しい情報は明らかになっていません。

ただ、映美くららさん自身が、祖母や母親から着物と家族の習慣を受け継いでいることを考えると、自分の子供たちにも家族の思い出を伝えている可能性はありそうです。

母親や祖母が着ていた着物は、映美くららさんの代で終わるものではなく、将来的に長女へ受け継がれるかもしれません。

実家の建て替えをきっかけに守られた着物が、次の世代へつながっていくと考えると、かなり素敵な話ですよね。

現在も俳優としてドラマや映画で活躍

映美くららさんは、結婚や2度の出産を経た後も俳優活動を続けています。

宝塚退団後は、『純と愛』『99.9-刑事専門弁護士-』『おちょやん』『仮面ライダーリバイス』『となりのチカラ』『べらぼう』など、多くの作品に出演してきました。

2026年7月20日から放送の月9ドラマ『ブラックトリック~裁きを操る弁護人~』では、白元美志役でレギュラー出演しています。月組トップスターだった月城かなとさんも出演しており、元月組の2人が同じ作品に登場することでも注目されました。

さらに、2026年のNHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』では篠役を担当。映画『見えない娘 THE INVISIBLES』への出演も発表されています。

宝塚時代の華やかな印象を残しながら、現在は母親役や時代劇、個性的な人物まで幅広く演じています。

実家の母親や祖母から受け継いだ立ち居振る舞いや和装への親しみも、時代劇での美しい所作につながっているのかもしれません。

映美くららの実家に関するまとめ

  • 映美くららさんの出身地は熊本県
  • 実家も熊本県内にあるとみられる
  • 熊本県菊池郡菊陽町出身という情報もあるが、市町村は公式には公表されていない
  • 実家の詳しい住所や外観、間取りは公開されていない
  • 実家は2018年頃に建て替えられたとみられる
  • 建て替えを機に、祖母が所有していた多くの着物を受け継いだ
  • 祖母は着物が好きで、実家の正月準備を取り仕切る存在だった
  • 母親は、映美くららさんから宝塚へ入りたいという宣言を最初に聞いた人物
  • 父親の名前や職業、兄弟姉妹の詳しい情報は公表されていない
  • 実家がお金持ちや豪邸だったと断定できる情報はない
  • 2015年に会社経営者の一般男性と結婚した
  • 子供は2017年生まれの長男と2019年生まれの長女の2人
  • 現在もドラマや映画で俳優として活躍している

映美くららさんの実家について、詳しい住所や建物の様子は明らかになっていません。

一方で、祖母から受け継いだ着物や、家族総出で正月の準備をした思い出からは、熊本の実家が映美くららさんの感性や立ち居振る舞いを育てた大切な場所であることが伝わってきます。

宝塚トップ娘役としての華やかさだけでなく、家族の思い出や伝統を大切にする一面も、映美くららさんが長く支持されている理由の一つなのかもしれません。

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