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【2000年9/21~9/29初めての海外一人旅】9日目|バンコクを発ち、日本へ帰国した旅の終着点

2026年5月14日

朝、旅の終わりを迎えたホテルで

2000年9月29日(土)。
ついに初めての海外一人旅、最終日を迎えました。

韓国から始まり、タイ・バンコクまでやって来た今回の旅。数日前まで海外へ出ることすら不安だった自分が、こうして帰国の日を迎えていることが少し不思議でした。

10時近くに目を覚まし、荷物をまとめ始めます。部屋には市場で買ったTシャツ、小物、使い込んだガイドブック、汗を吸った服などが散らばっていました。

旅の途中では気にも留めなかった物たちが、今日はすべて思い出の品に見えます。

「ああ、もう終わるんだな」

そんな寂しさが少しありました。

ホテルを出発し、ホアランポーン駅へ

チェックアウトを済ませ、ホテルを後にしました。

朝からバンコクは蒸し暑く、外へ出た瞬間に南国の空気が体を包みます。ホテル前でトゥクトゥクを捕まえ、ホアランポーン駅へ向かうことにしました。

エンジン音を響かせながら走る三輪タクシー。道路には車が多く、クラクションも鳴りっぱなしです。

露店の準備をする人、制服姿の学生、道端で寝ている犬、果物を売る屋台。

数日前にはすべてが珍しかった景色も、今日は少し見慣れた風景になっていました。

ホアランポーン駅の熱気に驚く

駅に着くと、人の多さに驚きました。

ホアランポーン駅は当時のタイ鉄道の中心地。地方へ向かう人、旅行者、仕事で移動する人など、多くの人で賑わっていました。

切符売り場で空港方面への列車を買うと、その安さにびっくりします。

空港まで約1時間なのに、たった5バーツ。日本円で15円ほどでした。

少し高い席にしようと聞いてみましたが、売り切れとのこと。前日に予約しないと難しいらしく、私は3等席に乗ることになりました。

列車の窓から見えたタイの日常

3等席は簡素な造りで、座席はビニール張りでした。

ですが、不思議と嫌な感じはしません。むしろ旅らしくて良いとさえ思いました。

列車が動き出すと、窓の外にはバンコクの街並みが流れていきます。

市場、住宅街、線路脇で遊ぶ子どもたち、洗濯物が揺れる家々、遠くに見えるビル群。

何でもない景色なのに、ずっと見ていられました。

「世界の車窓からって、こういう感じなんだろうな」

そんなことを思いながら、一人で外を眺めていました。

空港で長い待ち時間を過ごす

空港に着いたのは15時近くでした。

ですが出発便は深夜0時05分。まだかなり時間があります。

今のようにスマホもない時代です。空港で時間を潰すのも簡単ではありません。

ベンチに座る。
売店を見る。
また座る。
少し眠る。

その繰り返しでした。

旅の最後としては地味な時間でしたが、こういう時間も含めて旅だったのだと思います。

深夜、ついに帰国へ

23時頃になり、ようやく搭乗口へ向かいました。

眠い目をこすりながら出国手続きを済ませ、パスポートにスタンプが押されます。

その瞬間、

「本当に一人で海外に来ていたんだな」

と実感しました。

数日前まで、海外経験もなく、不安だらけだった大学生の自分。そんな自分が韓国とタイを一人で回って帰ろうとしている。

少しだけ、自信になりました。

飛行機に乗り込み、窓の外を見ると、バンコクの夜景が広がっていました。

この街の暑さ、人混み、屋台の匂い、優しかった人たち。全部まとめて忘れられない思い出です。

Maiとの連絡が途絶えたその後

帰国後、しばらくはMaiと連絡を取っていました。

ですが、いつしか連絡は途絶えてしまいました。

メールアドレスが変わったのか。生活が変わったのか。自然に離れていったのか。

理由はわかりません。

今のようにSNSで簡単につながり続けられる時代ではなかったからこそ、その時その場所で出会えた縁はとても貴重だったのだと思います。

まとめ

初めての海外一人旅は、不安と失敗の連続でした。

言葉も通じず、道にも迷い、ホテル探しにも苦労しました。それでも、そのすべてが面白かったです。

旅に出る前より、帰ってきた自分のほうが少しだけ強くなっていました。

2000年9月のこの旅は、私にとって人生の大きな転機です。世界は広く、知らない場所へ行けば、知らない自分にも出会える。

そんなことを教えてくれた、忘れられない初めての海外一人旅でした。

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