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ウー・ウェンの夫は28歳年上の日本人|アートディレクターで約20年前に病気で他界

2026年7月31日

中国・北京の家庭料理を、日本の食材で作りやすく紹介してきた料理研究家のウー・ウェンさん。1990年に来日し、1997年から東京でクッキングサロンを開き、テレビや書籍でも長く活躍しています。

そんなウー・ウェンさんについて、特に気になるのが「夫はどんな人だったのか」という点です。夫は日本人のグラフィックデザイナー・アートディレクターで、ウー・ウェンさんより28歳年上でした。しかし、約20年前に病気で亡くなっています。

この記事では、夫の名前や年齢、職業、北京での出会いから結婚までを詳しく紹介します。さらに、夫との結婚が料理研究家になるきっかけとなった経緯、夫を亡くした後の子育て、息子・娘や孫を含む現在の家族についても見ていきます。

ウー・ウェンの夫は誰?年齢や職業・夫婦の馴れ初めを解説

まずは、夫について特に気になる次の内容から紹介します。

  • 夫はどのような人物だったのか
  • 職業はアートディレクターだったのか
  • ウー・ウェンさんとの年齢差
  • 夫の名前や顔写真
  • 北京で出会った経緯
  • 夫が料理研究家になるきっかけを作った話
  • 亡くなった時期や病気
  • 再婚は公表されているのか

ウー・ウェンの夫は28歳年上の日本人グラフィックデザイナー

結論からいうと、ウー・ウェンさんの夫は、28歳年上の日本人グラフィックデザイナーです。

出版社による著者紹介では「日本人のアートディレクター」と記載され、2014年に公開されたインタビューでは「グラフィックデザイナーである28歳年上の日本人」と紹介されています。

公開されている夫の情報をまとめると、次のようになります。

項目内容補足
国籍日本日本人男性
職業アートディレクター・グラフィックデザイナーデザイン関係の仕事
年齢差ウー・ウェンさんより28歳上2014年のインタビューで紹介
出会った場所中国・北京仕事を通じて知り合った
結婚時期1990年ごろウー・ウェンさんの来日時期
子供2人長女と長男
現在他界2025年時点で約20年前に病気で死去

夫は単にデザイン関係の仕事をしていただけでなく、中国に詳しく、中国料理も非常に好きな人物だったと紹介されています。ウー・ウェンさんとは料理とデザインという異なる分野で活動していましたが、中国文化への関心が夫婦をつなぐ大きな要素だったのでしょう。

ウー・ウェンの夫の年齢は?結婚当時は50代半ばほど

ウー・ウェンさんと夫の年齢差は28歳です。ウー・ウェンさんは1963年生まれと紹介されているため、単純に計算すると、夫は1935年前後に生まれたことになります。

ウー・ウェンさんは1990年、26歳から27歳のころに来日して結婚しました。そのため、夫は結婚当時、54歳から55歳ほどだった計算です。かなり年齢差のある夫婦だったことが分かります。

ただし、夫本人の生年月日や正確な年齢、亡くなった際の享年までは公表されていません。

28歳という年齢差だけを見ると驚きますが、ウー・ウェンさんは異国での結婚生活や子育てについて、夫や周囲の人たちに支えられたことを語っています。年齢差以上に、夫が日本での生活を支える存在だったことが伝わってきますね。

夫の名前は公表されている?

ウー・ウェンさんの夫の名前は、広く公表されていません。

出版社の著者紹介や公式プロフィール、近年のテレビ番組関連記事でも、「日本人の夫」「アートディレクター」「グラフィックデザイナー」と紹介されているだけで、氏名は記載されていません。

夫は芸能人や料理研究家として活動していた人物ではなく、デザイン分野の仕事をしていたため、個人名が前面に出る機会は少なかったのでしょう。

一方、2025年11月にウー・ウェンさんが出演した『徹子の部屋』では、生前の夫と写った家族写真が紹介されました。名前は明かされていないものの、夫婦や子供たちが一緒に過ごした当時の姿は番組内で公開されています。

夫とは北京で仕事を通じて知り合った

ウー・ウェンさんと夫が知り合ったのは、中国・北京です。

ウー・ウェンさんは大学卒業後、北京で仕事をしていた時期に、日本人だった夫と仕事を通じて出会いました。その後、1990年に日本へ渡り、結婚生活を始めています。

夫がどのような仕事で北京を訪れていたのか、交際期間がどれくらいだったのか、プロポーズの言葉などは公表されていません。

ただ、夫は中国に造詣が深く、中国料理が大好きな人物でした。中国で育ったウー・ウェンさんと、日本人でありながら中国文化に強い関心を持つ夫が出会ったことは、かなり印象的な縁ですよね。

結婚するまでウー・ウェンは料理を作ったことがなかった

現在では数多くの料理本を出版しているウー・ウェンさんですが、意外にも、結婚するまでほとんど料理を作った経験がなかったと語っています。

日本で結婚生活を始めた当初は、中国で母親が作っていた料理を思い出しながら、北京の母に電話をかけて作り方を教えてもらっていました。

夫は中国料理が大好きだったため、ウー・ウェンさんが作る北京の家庭料理を喜んで食べていたそうです。

「中国料理の専門家だったから料理家になった」のではなく、夫においしいものを食べてもらうため、母親に教わりながら家庭料理を作り始めたのが原点でした。これは驚いた人も多いはずです。

夫の友人への料理が料理研究家になるきっかけに

ウー・ウェンさんが料理の道へ進んだ背景には、夫の友人たちの存在もありました。

中国で母親が作ってくれた料理を再現し、夫の友人たちに振る舞っていたところ、その味が評判になりました。そして周囲から「本を出してはどうか」と勧められ、料理家の道へ進んでいます。

公式プロフィールによると、1997年には東京でクッキングサロンを開始。中国の小麦粉料理や家庭料理を、日本の食材で手軽に作れるよう工夫して伝える活動を広げていきました。

夫自身が料理家になるよう直接勧めたのかまでは明らかになっていません。しかし、夫との結婚生活がなければ、日本で北京料理を作り、夫の友人たちに振る舞う機会もなかったはずです。

そう考えると、夫との出会いは結婚だけでなく、ウー・ウェンさんの人生と仕事を大きく変えた転機だったと言えそうです。

夫は約20年前に病気で他界

ウー・ウェンさんの夫は、2025年の時点から約20年前に病気で亡くなっています。

2025年11月に出演した『徹子の部屋』で、ウー・ウェンさんは夫との別れについて「病気であっという間でした」と振り返りました。夫が亡くなった当時、2人の子供は小学4年生と小学6年生でした。

2025年から約20年前という情報をもとにすると、夫が亡くなったのは2005年前後だったと見られます。ただし、正確な命日や死亡した年は公表されていません。

また、報道では「病気」とだけ伝えられており、具体的な病名は明かされていません。

夫を亡くしたうえ、子供たちはまだ小学生。しかも自身の故郷ではない日本で生活を続けることになりました。ウー・ウェンさんにとって、生活が一変するほど大きな出来事だったことが分かります。

ウー・ウェンは再婚している?

ウー・ウェンさんが再婚したという公式発表は、確認されていません。

2025年の『徹子の部屋』や関連インタビューでも、夫を亡くした後、女手一つで2人の子供を育てたことが語られています。現在の配偶者や再婚相手については紹介されていません。

そのため、公開情報からは、夫の死後に再婚したとは確認できない状況です。

近年は息子夫婦や娘、誕生した孫について語る機会が増えており、ウー・ウェンさんにとって子供や孫が大きな存在になっていることが伝わってきます。

ウー・ウェンの夫亡き後の家族|息子・娘や孫との現在

夫を亡くした後、ウー・ウェンさんは日本に残り、2人の子供を育てました。

ここからは、次の内容を詳しく見ていきます。

  • 夫との間に生まれた子供の人数
  • 夫を亡くした後も日本に残った理由
  • 長男・舜也さんと妻の真佑さん
  • 初孫が誕生した時期
  • 長女の現在
  • 子育てから生まれたシンプルな料理
  • ウー・ウェンさんの現在の活動

夫との間には長女と長男の2人の子供がいる

ウー・ウェンさんと夫の間には、長女と長男の2人の子供がいます。

出版社の著者紹介にも、「アートディレクターの日本人の夫との間に長女・長男をもうける」と記載されています。

夫が亡くなった当時、子供たちは小学4年生と小学6年生でした。年齢から見ると、長女が小学6年生、長男が小学4年生だったと考えられます。

夫を失った直後、中国にいる両親からは「帰ってきなさい」と言われたそうです。しかし、ウー・ウェンさんは、子供たちは日本人だから日本で育てたいと考え、日本に残る決断をしました。

自分だけなら故郷に戻った方が暮らしやすかったかもしれません。それでも子供たちの生活を優先して日本に残ったところに、母親としての強い覚悟が感じられます。

夫の死後は仕事をしながら2人を育てた

夫を亡くした後、ウー・ウェンさんは料理の仕事を続けながら、2人の子供を育てました。

一時期は事務所と自宅を一緒にしたため、寝る場所が十分になく、小さな台所のテーブルの下で親子3人が川の字になって寝たこともあったそうです。

忙しい生活のなかでも、子供たちの食事は毎日作り続けました。勉強を教えることは難しくても、健康な体と「おいしい」と言ってもらえる食卓は作れると考えていたと語っています。

華やかな料理を作る余裕がない日でも、少ない材料で手早く、体にやさしい料理を作る必要がありました。その経験が、現在のウー・ウェンさんを象徴するシンプルな家庭料理につながっています。

夫を亡くした後の暮らしは、料理家としての作風にも大きな影響を与えたことが分かります。

長男は舜也さん!2020年に大学時代の同級生と結婚

ウー・ウェンさんの長男は、舜也(しゅんや)さんです。

舜也さんは大学時代の同級生だった真佑(まゆ)さんと、2020年9月に結婚しました。

真佑さんの母親は以前からウー・ウェンさんのファンで、クッキングサロンに通っていたこともあったそうです。息子の結婚相手の母親が、自分の料理教室の生徒だったというのは、かなり不思議な縁ですよね。

結婚後、真佑さんは会社を退職し、ウー・ウェンさんの事務所で働き始めました。現在はクッキングサロンのアシスタントとして、料理教室や撮影、書籍制作などを支えています。

姑と嫁という関係だけでなく、料理家とアシスタントとしても一緒に仕事をしているのが印象的です。

2025年3月に初孫が誕生

2025年3月には、長男夫婦の間に子供が生まれ、ウー・ウェンさんにとって初孫が誕生しました。

同年11月の『徹子の部屋』では、長男が30歳で、5年前に結婚したことも紹介されています。ウー・ウェンさんは孫について「今の私の頭の中の99.9%はこの子」と語るほど、夢中になっている様子でした。

夫と一緒に育て始めた息子が家庭を持ち、さらに孫が誕生したことになります。夫が亡くなった後の大変な時期を知ると、初孫への思いが特別に大きいのも分かりますね。

長女は日本の会社を退職してベルギーへ

ウー・ウェンさんの長女は、2024年ごろまで日本の会社で働き、その後ベルギーへ渡りました。

ウー・ウェンさんは、娘が海外へ行ったことで、自分の両親が娘を日本へ送り出したときの気持ちがよく分かったと語っています。

ウー・ウェンさん自身も北京を離れ、日本で結婚生活を始めました。年月を経て、今度は自分の娘を海外へ送り出す立場になったわけです。

夫婦で築いた国際的な家庭のなかで育った娘が、さらに別の国へ生活の場を移したというのも、ウー・ウェンさん一家らしいエピソードです。

ウー・ウェンのプロフィールと現在の活動

ウー・ウェンさんの基本プロフィールをまとめました。

項目内容補足
名前ウー・ウェン中国料理研究家
生年1963年中国・北京生まれ
出身地中国・北京北京で生まれ育つ
来日1990年日本人の夫との結婚を機に来日
職業料理研究家中国の家庭料理を紹介
クッキングサロン1997年開始東京で開設
日本人アートディレクター28歳年上、約20年前に他界
子供長女・長男2人
1人2025年3月に初孫誕生
SNSクッキングサロン公式Instagram料理や活動情報を発信

公式プロフィールでは、1997年に東京でクッキングサロンを始め、2003年からは北京でも中国で暮らす日本人女性向けの料理教室を開催してきたと紹介されています。

2026年もクッキングサロンの講座やNHK『きょうの料理』への出演など、料理家として活動を続けています。公式Instagramでも、中国の家庭料理やサロンの情報を発信しています。

夫との結婚をきっかけに作り始めた北京の家庭料理は、現在では多くの家庭で親しまれるレシピになりました。夫はすでに亡くなっていますが、夫が愛した中国料理は、ウー・ウェンさんの活動のなかで今も受け継がれています。

ウー・ウェンの夫に関するまとめ

  • ウー・ウェンさんの夫は日本人男性
  • 職業はアートディレクター・グラフィックデザイナー
  • ウー・ウェンさんより28歳年上だった
  • 夫の正確な名前や生年月日は公表されていない
  • 北京で仕事をしていたウー・ウェンさんと、仕事を通じて知り合った
  • 1990年ごろに来日し、日本で結婚生活を始めた
  • 夫は中国に詳しく、中国料理が大好きだった
  • 夫や夫の友人に料理を振る舞ったことが、料理家になるきっかけとなった
  • 夫は2025年時点から約20年前に病気で他界した
  • 夫が亡くなった当時、子供たちは小学4年生と小学6年生だった
  • 夫との間には長女と長男の2人の子供がいる
  • 長男の舜也さんは2020年に結婚し、2025年3月に初孫が誕生した

日本へ来るまでほとんど料理を作ったことがなかったウー・ウェンさんが、夫のために母親から料理を教わり、やがて料理研究家になったという歩みはかなりドラマチックです。

夫婦で過ごした時間だけでなく、夫を亡くした後に子供たちへ毎日作り続けた食事も、現在のシンプルで温かい料理につながっています。ウー・ウェンさんの料理には、夫や子供たちと築いてきた家族の歴史が込められているのでしょう。

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